母の日を”子供が小学生までの行事”にしてほしい

今週のお題「母の日」

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はじめに

母への感謝を書いてみよう!というはてなブログさんからのお題に対して、得意のアナーキズムを発動しようと思います。これから書くことは母への感謝ではなく、母の日を”子供が小学生までの行事”にしてほしいって話です。

 

ついでに母の日だけじゃなくてついでに父の日も敬老の日も、はっきり言っちゃって申し訳ないんだけどいらねぇんですよ。

 

日本の伝統である子供の日やひなまつりはいいです。意味なんかわかんなくったって、伝統を守るって意味でやること自体に意味があるんです。節分も。形だけでもやったらいいと思います。大賛成。

 

最近では日本にイースターが入ってきたりハロウィンが入ってきたりして何がなんだかわからないけど、アレだって別にやりたい人だけやって楽しめばいいと思いますよ。そういう節操のないところは日本人の悪いところだけど、いいところでもあるんですー。

 

でも、母の日父の日、及び敬老の日。それはもう小学校卒業とともになしにしてもらえると大変ありがたいんですが。ついでにバレンタインもホワイトデーもいらねえ。

 

小さな子供がくれる母の日ギフト

子供が幼稚園や小学校で、「お母さんへ」「お父さんへ」なんて書かされて持ってくるお手紙なんかは、親として本当に感動します。

 

仕事でそこになんの感情もないのかもしれませんが、それでも子供たちにそういう事を書かせてくれる先生たちに非常に感謝してます。一生の宝物ですよ。その手紙棺に入れてもらいます。

 

でも、中学生に書かせますか?「お母さんいつもありがとう」なんてへったくそな似顔絵とともに手紙書かせたりしませんよね?

 

それがなによりの証拠で、小学校がやめどきなんです。ですから、もうそのタイミングで母の日(父の日敬老の日)はおしまいでどうでしょう。

 

母の日を祝うのは良き国民の証

だって、母の日(父の日敬老の日)って、イースターやハロウィン、みたいに「やりたい人だけやればいい」感が全くないじゃないですか。日本の伝統行事でもねぇくせに。

 

やらないなんて非国民、人として悪!みたいなこの風潮。やめて(;´Д`)

 

母の日(父の日敬老の日)に、メッセージやプレゼントを贈る人々は、親や祖父母とそういう人間関係がすでに出来上がってるわけですから、いつだって気が向いた時に感謝したり花を贈ったりしたらいいんですよ。

 

アラフォーの私にとっての母の日

別に私が母と険悪だから母の日のプレゼントなんかしたくないっ!なんて情熱のこもった感情はないですよ。

 

でも、もう子供の頃から30年以上に渡って、毎年毎年母の日には何か贈ってきたわけです。

 

最初の10年くらいは、母に喜んでもらいたくて何か贈りたいとわくわくとプレゼントを選んだり手紙を書いたものですよ。純粋な子供心で。

 

その後10年は自分に経済力も付き、大人の自覚もあってきちんとしたギフトを選んで渡しました。

 

そして30年目以降。自分にも家族ができて、正直新婚の頃なんて経済的にもいろいろ厳しかったけど、母の日をスルーする背徳感に勝てる気がしなくて必死に実母と義母に贈り物を選びました。けっこういいものを。ビールを発泡酒に変えて。

 

しかもそれで終わらないんですよね。彼らの誕生日、母の日、父の日、そして盆暮れ。まあ盆暮れはあいさつだけだけですが。

 

何回贈ったらええんや!!

 

親子とは言え、こちらはもう他人と家庭を持って独立した大人なわけですよ。そんなに生まれ育った家のことばかり振り返ってられないんですよ。

 

でも、本を見たりテレビを見たりはたまた友人の話からインスパイアされて、時に急に親がふと恋しくなってみたり大切に思う日だって当然あるわけです。

 

そういう時は電話をかけて、最近困ってることはないのか、ほしいものは何かあるか、そんな他愛のない話をして、余裕があればアマゾンで買って送ってあげればいいんですよ。シンプルに。

 

母もプレゼントなんか望んでない

毎年5月に無理やり「母の日」と言う名の強制贈り物選びデーにちなんで、受け取るあちらだって特段ほしいものはないのに毎年贈り物をされて、嬉しいけど心苦しくもあるわけです。

 

私の母もいつも言いますよ。「あんたたちだって大変なんだから、本当に何もしてくれなくていい」って。

 

ほら、無理やり、強制的にカレンダーが決めた母の日に無理に感謝を伝えたりすると、かえって相手に気を使わせるんですよ。

 

そんなことより、自然に感謝がわいた瞬間に伝える感謝やなんかしらの言葉で十分じゃないですか?

 

たとえそれが数年に1度しかなくても、別に良くないですか?タイミングってそれぞれあるじゃないですか。

 

夫への愛だって、今日はだいぶ愛してるけど、昨日は死んでほしかった、とかあるじゃないですか。まあ、子供への愛にムラはありませんが。

 

でも大人の人間関係ってそういうムラがあったりするじゃないですか。それなのにカレンダーをめくって5月の第3週が来たら毎年毎年、「お母さんありがとう!」って言わないと、まるでこっちが悪いことをしているみたいに罪悪感を背負う羽目になるんですよ。そんなの絶対不自然。

 

感謝の強要デーはもういらない 

要するに、母の日父の日敬老の日は、国際感謝の強要デーなんです。今そういうタイミングじゃないんだけどなー(;´Д`)、って人、私だけじゃないですよね?!

 

とはいえこんなクソひねくれた私ですが、もちろん、親兄弟両親夫友達子供、自分にまつわるほぼ全ての人に度合いは違えど日々感謝して生きてますよ。

 

でも、感謝を伝えるタイミングはそろそろ自分で決めさせてほしいんですよ。そして自分の子供には、毎年5月の3周目に「あー、母の日かぁ。お母さんに何贈ろう。。。(´Д`)ハァ…」って思ってほしくないんです。

 

息子らにとって、私への愛や感謝が気が重いものであってはダメなんです。

 

いつでも気軽に愛して感謝してもらいたいので、カレンダーの母の日の文字が「ほら、今日お母さんに感謝する日だから。感謝して?ね?ハンカチでも贈って?あの人ブランド物大好きだからね。安物を贈ったって喜ばないよ?」って息子に語りかけてプレッシャーをかけてほしくないんです。

 

 

そういうわけで、母の日(父の日敬老の日)は小学校卒業とともに終了。ってことでどうでしょう国民の皆さん。

 

やっぱダメですかね( ;´Д`)

 

さいごに

ちなみに今年はじめて、母の日をスルーしました。3日前に電話で話したところなんで。なんとなくタイミングじゃなかったんで。今、案の定罪悪感でこの記事を書いてみました。要するに母の日をスルーした言い訳です。

 

 

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